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#3 歓喜のペルセポリス【光と暗闇の消えた先に】

 ウズベキスタンからイスタンブールにたどり着くまでに八つの都市、二つの国を通ったのだが、感興を何ら催さないわけがなかった。とりわけイランのペルセポリス、トルコのエフェスは僕にとって第一級の歴史だ。死ぬまでにペルセポリスを見ることができて本当に良かった。今でもその喜びで胸がいっぱいになる。感情の高ぶりに身を任せた日記を引く。

 「アレクサンドロス大王が仮に火を放たず、アケメネスの王宮が今も全きままに遺されていたならば、ペルセポリスを遺跡として尊敬こそすれ、美しさ、そして、時代の奔流のなかに消えていった人々が今に生きている姿を感じ取らなかっただろう。

 美しさ。ペルセポリスの美しさは、火を放たれ打ち捨てられた挙句、風雪と刎頸の交わりを結んだことにある。林立して天を圧するばかりの柱は幾星霜を経て崩れ落ちた。しかし幾つかの柱はなお屹立している。いまも大地に根差した柱は、失われた隣り合う柱との関係を示す。どのような言葉が、柱と柱の間で交わされ、宮殿の闇に低く鈍くこだましたのだろうか。属州の使者と奸臣の影が柱間を通り過ぎた。使者の阿諛は帝国の栄耀を讃えて、奸臣の讒言妄言は帝国を内側から腐らせる。もし柱も天井も全きままであったならば、僕の目は詳らかにその遺物を見ようとして、上古の昔に交わされた言葉にまで目は届かなかった。

 消え去った人々が今に生きる。謁見の間の東階段には、アケメネスの王に仕えた貴顕百官、文武百官のレリーフが残されている。彼らが限りある命を擦り減らして護持しようとした帝国の権威は西方の勃興のなかで力を失っていった。ペルセポリスが廃墟に身をやつしたことに美を感じる自分は同時に、その百官を思い無常を感じていた。だが私はその無常を無常としてのみ片付けたくなかった。彼らの命が報われぬではないか。無常から生への遺志を僕は必死に読み取ろうとした、どうしても読み取りたかった。読み取らせてくれと自分の感受性に、天に祈った。果たして、その願いは通じた。

 消え去った人々は今も生きている。百官が信じたアケメネスの権威は、イランの人々が自身の文化に抱く誇りという形で2500年の後も天馬のように瞬く間に万里を駆けてゆく。また、ゾロアスター教を国教として定めながらも被征服者の信教を保護し、肌の色も信教も民族も異なる人々を『帝国』という一宇におさめたことは、のちの世の為政者にとっての一つの範となっただろう。」

 ペルセポリスやエフェスでは、はるか昔に消え去ったはずの人々が光にきらめく柱の姿をとって、この今も生命を永遠の中に散らしているのだ。短命な人間生命も永遠に生き続けるのだ、と心が震えてやまなかった。この心からの歓喜が暗くて深い窖(あなぐら)を用意していようとも、歓喜を否定しようとは思わない。

 歓喜に酔っていた私の目は、対象との距離をきっちりと測るには耐えられなかった。酔いが回った頭は、コンスタンティノープルがイスタンブールという名に改められてから何百年経とうとも、そこにはあのローマ皇帝がいまも生きているのだ、その皇帝を愛する僕を歓喜の春に包み込む感触があるのだと信じて疑わなかった。僕にはどうもこういう子供じみたところがある。均衡を失いそうになるほどの傾倒。酔った私を吊るしていた一本の糸が切れて、よろめいた私の体が窖へと転がり込んでいくまでの一連の悲劇の舞台はイスタンブールだ。

 

Suguru Sugita @wordgazer

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